「まあ、見てなよ。なんの変哲もない浅草海苔も、こうやって食うと旨いんだ」
ごま油を塗った面に、浅草海苔をもう一枚、貼り付ける。それを七輪の火で丁寧に隅々まで火取った。全体が美しい緑色に変わったところで、海苔を剥がし、接着していた面に焼き塩をぱらりと振って、また合わせ直す。それを包丁で短冊に切ると、政吉は澪に差し出した。食ってみな、と言われて、澪は遠慮なく一枚を口にする。
ぱりぱりとした軽やかな噛み心地、胡麻油の香りと塩味が何とも美味しい。呑めないはずの澪でさえ、お酒があれば、と思う味わいなのだ。
「美雪晴れ」華燭ーーー宝尽くし p187 13行
土間伝いにこちらを覗いて、ふきが慌てて駆け寄った。一寸 (約三センチ) の三分の一ほどの厚さに刈られた大根を手に、ふきは僅かに首を傾げる。
大根は大抵、千切りにして干すか、あるいはそのまま干すことが多いから、不思議に思ったのだろう。
わけを話そうとして、澪は留まった。
「明日の楽しみにね」
澪がいうと、ふきは口もとをほころばせて、栗鼠のような前歯を見せた。
熱した鉄鍋に多めの胡麻油。一日干しておいた例の大根を入れると、じゅっと油が鳴る。
焦げ目がついたら引っくり返し、じっくり芯まで火を通す。
味醂と醤油を合わせたものを回しかければ、焦げた醤油の匂いが勝って、鼻の奥から幸せになれる気がする。
仕上げに粉山椒をぱらり。
「こいつぁいけねぇ」
口にした店主が、身をよじっている。
「心星ひとつ」時ならぬ花ーーーお手軽割籠 p173 13行