Garadanikki

日々のことつれづれ Marcoのがらくた日記

川端康成『散りぬるを』

 

川端康成 著『散りぬるを』読了

【あらすじ】

物語は、5年前の殺人事件を回想する小説家「私」の視点から始まる。

被害者は「私」の女弟子だった滝子と蔦子。

二人は「私」が借りてやった一軒家に住んでいたが、彼女らと冗談を言い合う仲だった元乗合自動車の運転手で失業者の山邊三郎により殺された。

事件の4日後にすぐに逮捕され無期懲役になった三郎も2年前に獄死して真相は闇の中。

 

当時、事件現場を目にし、極楽往生の死に方ではなかった二人を早々に荼毘に伏し、骨も拾った「私」だったが、二人の記憶はまだ残っている。

5年経った今。「私」は精神鑑定人・警部・検事の聴取書などを読み返しながら、

事件の真相を考察し、改めて瀧子と蔦子のことを思い出して綴り始めた。

 

公判では、三郎の手にしていた短刀が瀧子の胸に刺さっていた状況は《意識混濁の中での犯行》とされ、動機は彼女たちを驚かすために強盗を装ったというものとなった。

蔦子の方は寝ぼけて起きたのを、三郎が騒ぎ立てられては困ると考え、猿轡をはめ両手を縛ってから絞殺したとされていて、三郎はその横で少し眠り、近所の赤ん坊の泣き声や牛乳配達の音がして目が覚めてから逃げたと不可解な話。

三郎は精神鑑定もされ一種の「変質者」と判定され刑が軽くなった。

 

三郎の供述は、取り調べた刑事に言いように合わせ二転三転となり、状況説明もあいまいなものだったので、「私」は《記録自体が犯人と刑事やその他の「合作の小説」》ではないかと考える。

そして自分自身の手記も、「私」は《裁判記録から導かれた「小説」》と認識していのだった。

 

 

【感想】

この小説は、実在に起った「女性理髪師二名絞殺事件」を元に書かれたもので、この作品が発表された時にはあまり評判にならなかったらしい。

※ 川端自身は大変気に入っている作品との由

 

私もこれを読んで、どうした理由でこれを書いたのか理解できなかった。

作者は、この小説の結びにこんなことを書いている。

「なんだ、それはおれが三人のために作ってやった小説じゃないか」

「そうか。小説だったのか。」

と、悪魔に退散されてみると、私は省みて面を赤らめる。

この一篇は起訴記録や精神鑑定報告に負ふところがあまりに多い。私一人の小説であるか疑わしい。しかし、文中諸所で述べたように、その記録も所詮は犯人や法官その他の人々の小説であるのだから、私もそれらの合作者のひとりに加えてもらえれば満足である。いずれも人間業に過ぎぬ。色は匂へど散りぬるをの三人の霊を弔いたい微意で、私はこの一遍の小説を草した。瀧子や三郎の、殊にあるかなきかの蔦子の遺族や縁者の目に触れ、慰めとなれば、幸甚この上ない。

私はこのラストを読んで気分が悪くなった。

人の死というものを、小説のパーツのひとつのように軽く扱っているように感じたからだ。

同様に不快だったのは、物語の前半に登場する「私」とその妻の会話だった。

「人間てなんて脆いものなんでしょうね」と、私の女房は嘆息し、

「全く阿呆臭いね」と、私も相槌を打ち、

「愛人にするには二人のうちどっちがいいかと、時々考えたもんだったが」

「あなたが病気するか、相手が病気するかのようなことがあったら、口説けるかもしれないと、隙をうかがっていらしたんでしょうにね。お気の毒に、普段は二人とも丈夫でしたわね」

「いや、しかし僕は睨んでいたんだ、どうもあの體には、病気がひそんでいやしないかと、特に蔦子は」

「文学っていう病気でしょう。ですけれど、文学少女も髪結いの梳き手も、殺される時には変わりがないわね」

     ~中略~

「考えれば、おれもずいぶんうぬぼれてたものだな」

「そうよ。おれが死んだら第一にあの二人が困るだろう。気にかかって自殺も出来やしないなんて。⸻おかしなことになったものね」

「全くおかしい。ほかの女をこさえたりしては、やはりどうも瀧子等のことを本気に考えてやれなくなるから、可哀そうだ。女の方だって、女房のあるのはまあしかたがないとして、こんな瘤が二つもついていたら、いやがって取りつかんだろう。そうかといって、あの二人と恋愛するんでもない。⸻ずいぶん割が悪いなんて思ったりしたんだが、自分勝手な嘘八百だったね」

「あなた、なんだか急に老けておしまいになるんじゃない?」

「いやなことを言うな」

あんなにたわいなく殺されるものを、ずいぶん大事に扱い過ぎたと思うと、阿保臭いんでしょう?」

「全く夢みたいだね、他人の存在にあんまり敬意を払うのも、どうかと思うよ。そんなことは人間の偕上の沙汰かもしれん」

 

夫が夫なら妻も妻、なんという夫婦だ。

人の死を何だと思っているのだろうか。

夫婦にとって死んだ瀧子と蔦子は、アクセサリーのような存在だったのかもしれず、

骨を拾ったといっても死を弔うといっても、その気持ちが全く伝わってこない。

 

これを自信作だという作者の神経さえ疑いたいような、実に気分の悪い作品だった。

 

 

 

2025年11月30日 朝ごはん

炊き込みごはんに、みざんを乗せて

 

 

2025年11月30日 昼ごはん

牡蠣のペペロンチーノを作ってあげた

とても美味しい💛

 

 

2025年11月30日 夜ごはん

お腹がまだすかず、簡単に